店主 坂本健二のドイツでの挑戦の記録 16年間の軌跡を時系列に沿って紐解いていく
入れ墨と白い粉
「指導者は喋ってなんぼ」言葉に詰まる坂本の行末やいかに?
サッカー留学の肝心要なサッカーにおいても、坂本の身には大きな出来事が待ち受けていた。
アパートを用意するなど、ドイツでの生活全般を助けてくれているケーニッヒさんは、アパートのあるペンツベルク市の隣村にある総合型地域スポーツクラブTSVイッフェルドルフでDユース、小学校5、6年生のチーム(上の写真を参照)の監督を坂本が務めることも手配してくれていた。
しかしこれは、とてつもなく大変なことだった。練習を実行するだけでも、坂本の語学力では無理難題なシーンが続発し、正直選手たちから信頼を得られるのはとても難しい状況だった。
練習などを始めるとき「Komm(コム)! Zusammen(ツザメン)!(Come! Togather!)」と叫んで選手たちを集めた後、その後の言葉がつながらない。仕方がないのでデモンストレーションを行い、選手たちに真似てもらうことで練習を開始した。どうしてこの練習をしなければならないのか?の説明を十分にすることもできなれければ、選手たちのプレーに対してタイミング良く褒めたり、プレーの修正を伝えることも適切な言葉(ドイツ語の単語)が見つからず、無言のまま放置するしかなく、指導者としてはもどかしい日々が続いた。言葉の壁とはまさにこれであり、選手たちへ伝えたいことはたくさんあるにもかかわらず、それをタイミングを逃さず適量渡すことはできず、練習一つとってもかなりの苦労を強いられた。
最初の公式戦はホームで行われ、対戦相手はTSVベネディクトボイアン。試合は最初から最後まで相手のペースで進み、終わってみれば0対15。大差での敗戦となった。
試合の途中で自チームのキャプテンの祖母がベンチへやってきて、坂本の顔の目の前へ顔を近づけて叫んだ。
「あんた、このチームの監督だろ?何か言って、選手たちを助けなさいよ。何やってんのよ。何も言わないなんて、あり得ないよ」。
選手たちへ、チームへ掛ける言葉、ドイツでは一般的にどんな声掛けをするものなのか?を、このときの坂本は知らなかった。
しかし、それよりもっと根深い問題は、坂本の引き受けた選手たちの実力はとても低いことだった。「それまで何も教わって来なかった」と言って差し支えないレベルだった。
初戦をホームで大敗した試合を見た、ある選手のお父さんが帰り際に坂本へ言った。
「健二、やらなければならないこと、一杯あるな」
と。坂本はくちびるを平らに伸ばして、その言葉へうなずくしかなかった。『すべての要素において、練習をしなければならない。しかも、ほとんど最初の一歩から始めなければならない』と感じていた。
しかし、試合の中から坂本が気付いたことはもう一つあった。それは、選手たちは最後まで闘ったことだった。15点取られたのだから、失点後のキックオフが15回あったわけだが、そのときの選手たちを思い起こすと、ゴールネットからボールを拾いセンタースポットまで運び、毎回『ようし、今度は俺たちが1点入れてやる!』という顔をして、ホイッスルを待っていた。彼らは最後まで、試合を投げなかったのだ。
言葉の問題 危ういチーム運営
坂本はそれから、基本技術を身につける練習を心がけて、繰り返した。変な癖がついてしまっていることもあり、その絡んだ糸をほどいてからやっと新たな(本来の)スタートを切れることもあり、簡単ではなかった。
そしてその繰り返しの中、坂本はあることに気付く。『なんでこの選手たちは、日本の子供たちのようにうまくならないのだろうか?』。練習を経て上達する度合いが、日本の子供たちと比較して驚くほど遅いことを感じた。それは「外国人監督が指導し、ドイツ語がおぼつかないから」がその理由ではなく、ドイツ人の一般的な特性であった。
そしてその特性は同時に、こうも表現することができた。「一度習得した技術や戦術は、忘れない」と。
例えば日本人の子供たちにまったく同じ練習を1週間後に行った場合、1週間前の練習開始直後の状態と同じ、ということがほとんどであり、練習効果が薄いということがある。ドイツの子供たちは、中々うまくならないが、着実に伸びることもまた事実だった。その原因は、「ドイツ人はいつも、自身で考えている」ことに起因すると感じていた。
それからしばらくして、またホームの試合が行われた。週末に試合を控え、練習の最後に人数確認をしたものの、参加できる人数が確定しなかった。追って電話で確認するも、果たして試合当日11人に達するかどうか?その不安を拭きれないまま当日を迎えた。
坂本の嫌な予感は的中した。集合時間に集まったのは何と6人。坂本は『どうする?どうする?』と、頭の中で自問自答を繰り返す。
やがて集合時間に遅れて、一人の選手がやって来た。それでも、7人。選手たちはそれぞれ、確証のないことをつぶやいた。
「〇〇は、来るんじゃなかったっけ」
「△△は、何で居ないの?」
選手たちと話している間に、相手チームの車が続々とクラブの駐車場へ入って来た。 つづく
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